大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成8年(行ケ)115号 判決

福岡県久留米市中央町28番地の1

原告

株式会社若林商店

代表者代表取締役

若林保佑

東京都中野区上鷺宮4-18-6

原告

江原勝夫

両名訴訟代理人弁理士

梶原克彦

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官

荒井寿光

指定代理人

飯野茂

渡部利行

後藤千恵子

廣田米男

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告ら

(1)特許庁が平成6年審判第7910号事件について平成8年4月22日にした審決を取り消す。

(2)訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告らは、名称を「香気濃度検出器」とする発明(以下、「本願発明」という。)につき、昭和61年6月5日特許出願(昭和61年特許願第131214号)したところ、平成6年3月15日拒絶査定を受けたので、同年5月12日審判を請求し、平成6年審判第7910号事件として審理された結果、平成8年4月22日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年5月23日、原告らに送達された。

2  特許請求の範囲第1項の発明(以下、「本願第1発明」という。)の要旨

におい濃度を検出する為の装置であって、この装置は、絶縁体の表面に形成されており、酸化錫(SnO2)、酸化亜鉛(ZnO)等のn型半導体の単体よりなる薄膜の感応部と、この感応部を加熱するヒータと、を含み、上記感応部は、特性としてにおいの選択性を有していないことを特徴とする、におい濃度検出装置

3  審決の理由の要点

(1)本願発明の要旨

本願第1発明の要旨は、前項記載のとおりである。

(2)引用例

これに対し、昭和45年特許出願公告第38200号公報(以下「引用例」という。)には、〈1〉「本発明は、ガスを吸着する事によりその電気抵抗値が変化する金属酸化物半導体を用いて作られた感応体を回路中に有し、この感応体がガスを吸着した時に警報を発する警報装置である。」(1頁左欄15ないし18行)、〈2〉「金属の酸化物はそのほとんどが金属の如き良導体と、空気の様な絶縁物との中間の導電性を有し、半導体と呼ばれる。この半導体には前記の酸化銀の如く、その雰囲気中の酸素圧の増加に伴ない導電性が増加する所謂、酸化型半導体と、逆に、酸素圧の増加に伴ない、導電性の悪くなる還元型半導体がある。即ち、ZnO、SnO2、Fe2O3、TiO2、U2O5、MnO2、WO3、ThO2、MoO3、CdO、PbCrO4等で、一名N型半導体と言われるものである。」(1頁右欄14ないし23行)、〈3〉「図中2は磁気絶縁管であり、中空部1に反応を速める為の加熱用ヒーターを挿入できる様になっている。」(2頁左欄32ないし34行)、〈4〉「4は、金属酸化物感応体で、ZnO、SnO2等の還元型半導体である。圧縮成型、焼結、粉体のまま、あるいは、2の磁気に担持させて薄膜としてもよい。」(2頁右欄6ないし9行)が記載されている。

なお、明細書には「磁気絶縁管」と記載されているが、「2の磁気に担持させて」なる〈4〉の記載から明らかに「磁気」は「磁器」の誤記と認められる。

したがって、引用例記載の発明の「磁器絶縁管」は本願第1発明の「絶縁体」に相当することは明らかであるし、以下同様に、引用例記載の発明の「感応体」、「N型半導体」、「加熱用ヒーター」はそれぞれ本願第1発明の「感応部」、「n型半導体」、「ヒータ」に相当するから、上記〈1〉ないし〈4〉記載より、引用例には「絶縁体の表面に形成されており、酸化錫(SnO2)、酸化亜鉛(ZnO)等のn型半導体の単体よりなる薄膜の感応部と、この感応部を加熱するヒータと、を含み、還元性気体と接触し、気体分子を吸着することにより電気抵抗値が変化するn型半導体の作用によって、種々のガスを検出するガス検出器」が記載されているものと認められる。また、検出するガスについては、「有機、無機のあらゆる可燃性ガスに対してのみならず、紙、綿、布、木材その他の燃焼時に発生する煙に対して鋭敏に反応する」(2頁4欄31ないし33行参照)、「化学プラントに於ける配管から漏れるアルコール蒸気に反応して」(2頁4欄36ないし37行参照)と記載されている。

(3)対比、判断

ア 本願第1発明と引用例記載の発明とを比較すると、両者は「絶縁体の表面に形成されており、酸化錫(SnO2)、酸化亜鉛(ZnO)等のn型半導体の単体よりなる薄膜の感応部と、この感応部を加熱するヒータとを含んだ気体分子の検出装置」である点で一致し、本願第1発明が、「においの選択性を有していない」におい濃度を検出しているのに対し、引用例記載の発明は、有機、無機のあらゆる可燃性ガスに対してのみならず、紙、綿、布、木材その他の燃焼時に発生する煙、或いは化学プラントに於ける配管から漏れるアルコール蒸気のガスの洩れを検出しているが、選択性を有していないにおいを対象としてはいないうえに、その濃度を検出していない点で相違する。

イ そこで、上記相違点について検討すると、引用例記載の発明においても、本願第1発明と同様に酸化錫(SnO2)、酸化亜鉛(ZnO)等のn型半導体を感応部としている以上、n型半導体に接触し吸着されることによって電気抵抗値が変化するようなガスとしては、還元性の気体であるか否かが問題になるのであって、還元性の気体であればにおいの選択性にかかわらず検出できることになるはずである。また、におい濃度をセラミック上に形成されたSnO2、ZnO等の酸化物半導体或いは金属酸化物を用いて電気的に検出することは、昭和54年特許出願公開第114296号公報(以下「周知例1」という。)や「食品機械装置」22巻12号(株式会社ビジネスセンター社昭和60年発行、71ないし75頁、以下「周知例2」という。)等にみられるように周知の技術である。これらの事項から、引用例に記載された「絶縁体の表面に形成されており、酸化錫(SnO2)、酸化亜鉛(ZnO)等のn型半導体の単体よりなる薄膜の感応部と、この感応部を加熱するヒータとを含んだガス検出装置」が、「においの選択性を有していない」においを検出できるものであることは当業者にとって自明のことであり、におい検出のみに止まらずにおいの濃度をも検出するようにすることは、上記周知の技術から当業者であれば容易に想到しうることにすぎないものと認められる。そして、その奏する効果も予測される範囲内のものであり、格別顕著なものとは認められない。

(4)むすび

以上のとおりであるから、本願第1発明は引用例記載の発明及び周知の技術に基づいて、本出願前、当業者が容易に発明をすることができたものと認められるので、特許法29条2項の規定により、本願発明は特許を受けることができない。

4  審決の取消事由

審決の理由の要点(1)は認める。同(2)のうち、引用例記載の発明の「感応部」が「n型半導体の単体よりなる」点及び「種々のガスを検出する」点については否認し、その余は認める。ただし、本願第1発明では、「においの選択性を有していない」のは感応部であり、また、引用例にはアルコール蒸気の「ガス」の漏れを「検出」しているのではなく、アルコール蒸気に反応することが記載されている。同(3)アのうち、本願第1発明と引用例記載の発明が「感応部」が「n型半導体の単体よりなる」点で一致することは否認し、その余は認める。同(3)イのうち、引用例に「酸化錫(SnO2)、酸化亜鉛(ZnO)等のn型半導体を感応部」が記載されていること及びにおい濃度をセラミック上に形成されたSnO2、ZnO等の酸化物半導体或いは金属酸化物を用いて電気的に検出することが、周知例2に記載されていることは認め、その余は争う。同(4)は争う。

審決は、引用例記載の発明における感応部がn型半導体の単体よりなると誤認した結果、本願第1発明と引用例記載の発明の一致点の認定を誤るとともに、周知技術の存在及び引用例記載の発明におけるにおいの選択性についての技術内容を誤認した結果、相違点の判断を誤ったものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)  取消事由1(一致点の認定の誤り)

ア 審決は、引用例記載の発明の感応部がn型半導体の単体よりなると認定している。しかし、上記感応部のn型半導体は単体ではない。

引用例記載の発明は、ヒータで高温に保持されたn型の金属酸化物半導体が可燃ガスに触れるとその電気抵抗が変化(減少)する性質を利用したガス検出装置である。ガス検出装置は、ガス漏れ警報等のように、「対象とするガスに対して大きな感度を持つ、いわゆるガス選択性を有すること、対象とするガス以外の気体には感応しないこと」が重要な条件である。そして上記条件を満たすために、従来のガス検出装置はSnO2又はZnOなどの半導体にPd或いはPt等の貴金属触媒を微量混合し選択性を高めるとともに、応答速度を速めるようにしている。したがって、引用例には直接の記載はないものの、その金属酸化物半導体にはPd或いはPt等の貴金属触媒が微量混合されているものと思われる。

このことは、周知例1の「感応体として(14)としてSnO2、ZnO、Fe2O3、In2O3その他の酸化物半導体にパラジューム黒のような触媒を微量添加・・・臭気の種類や測定条件に応じ他の検知素子等も適宜選択して使用される」(2頁左下欄8ないし13行)の記載及び平成3年特許出願公開第289555号公報(以下「甲第6号証刊行物」という。)の「検知部3a~3dである半導体には所定量のPt(白金)、Pd(パラジウム)等の触媒金属9が添加されている・・・これは添加される触媒金属9の量に応じて検知部の検出感度が向上されるからであり」(3頁左上欄7ないし14行)の記載からも裏付けられる。

被告は、半導体ガスセンサーにおける「単体」と「貴金属の添加とガス選択性」についての技術常識を「化学センサー その基礎と応用」(株式会社講談社昭和57年3月1日発行、以下「乙第1号証刊行物」という。)により立証しようとする。しかし、同刊行物には、引用例のn型半導体が「単体」であるとか、貴金属の添加物を添加していないという記載はない。同刊行物に記載されているのは、n型酸化物半導体が可燃性ガスなどに良好な検出特性を持つということが見出された後、PtやPdなどの貴金属が極めて有効な添加効果を示し、その後多くの研究はn型酸化物に貴金属などの触媒を添加した素子について行われていること、ガス選択性を付与するために貴金属を添加すること、及び添加剤の種類を変えることによって異なるガスへの選択性を付与する試みが今後の有力な方向の一つであること等である。つまり、技術常識としてはいずれもガス選択性を付与する方向に向いているのであり、においの選択性を有しないでにおい濃度を検出するために感応部をn型半導体の「単体」とすることは、当時の技術常識にはなかったものである。

イ これに対し、本願第1発明のn型半導体は単体であるから、審決は、この点で一致点の認定を誤ったものである。

(2)取消事由2(相違点の判断の誤り)

ア 審決は、におい濃度をセラミック上に形成されたSnO2、ZnO等の酸化物半導体或いは金属酸化物を用いて電気的に検出することが周知の技術であると認定しているが、これは誤りである。

周知技術とは、その技術分野において一般的に知られている技術であって、これに関し、相当多数の公知文献が存在し、又は業界に知れわたり、或いは例示する必要がないほどよく知られている技術をいうものである。

上記技術の周知性につき、審決は、周知例1及び同2をあげ、被告は、更に昭和60年特許出願公開第194344公報(以下「周知例3」という。)をあげるけれども、文献が2件だけでは周知技術とはいえないし、周知例3は特許出願公開公報であるから、それに記載された技術は周知技術の要件を備えない。

イ 周知例2は本願発明者である江原勝夫が開示した論文、同3は、同じく江原勝夫の発明にかかるものであり、におい濃度をセラミック上に形成されたSnO2、ZnO等の酸化物半導体或いは金属酸化物を用いて電気的に検出する技術は特定人に偏っており、周知ではなかった。

ウ また、周知例3には、香りセンサーを備えた香り濃度測定装置で香り濃度を測定することが開示されているだけであり、におい濃度を酸化物半導体或いは金属酸化物を用いて電気的に検出することは開示も示唆もない。

エ また、審決は、本願第1発明が「においの選択性を有していない」のに対し、引用例記載の発明は選択性を有していないにおいを対象としていないという相違点につき、引用例記載の発明のn型半導体が単体であるとの誤認に基づき、引用例記載の発明においても、還元性の気体であればにおいの選択性にかかわらず検出できることになるはずであると判断し、さらに、引用例記載の発明のガス検出装置が「においの選択性を有していない」においを検出できるものであることは当事者にとって自明のことと認定した。しかし、前記(1)のとおり、引用例記載の発明のn型半導体が単体ではないから、この点に関する審決の認定判断もまた誤りである。

第3  請求原因に対する認否及び被告の主張

1  請求の原因1ないし3は認めるが、同4は争う。

審決の認定判断は正当であり、原告らの主張は理由がない。

2  反論

(1)取消事由1について

「単体」とは、n型半導体に貴金属等の添加物が添加されていないものを意味するが、引用例の感応部も審決の認定のとおりの貴金属等の添加物が添加されていない酸化錫(SnO2)、酸化亜鉛(ZnO)等のn型半導体の「単体」からなる薄膜である。

引用例には、n型半導体に貴金属等の添加物を添加するとの記載は一切ないものであるから、「引用例」の感応部はn型半導体の「単体」であるということができる。

また、半導体ガスセンサーにおける「単体」と貴金属の添加とガス選択性についての技術常識を乙第1号証刊行物により説明する。

乙第1号証刊行物の56頁「B.各種半導体ガスセンサー」の項には、その冒頭に、「半導体ガスセンサーの歴史は、清山や田口の先駆的研究以来20年を経過し、この間企業を中心に研究開発が進められてきた。その主要なものを表2.11に示す。ZnO、SnO2などのn型酸化物半導体が可燃ガスなどに良好な検出特性をもつということが見いだされた後、この分野の研究をさらに飛躍させる契機となったのは、PtやPdなどの貴金属が極めて有効な添加効果を示すというShaverやLohの研究であった。その後、多くの研究はn型酸化物に貴金属などの触媒を添加した素子について行なわれている。」と記載され、57頁の表2.11には、1962年田口によりSnO2を材料に用いた可燃性ガスを検出対象とした半導体ガスセンサーが開発されたことが示されているが、この半導体ガスセンサーは乙第1号証刊行物70頁(参考文献3)であげられているように、引用例記載の発明そのものである。

さらに、同刊行物68ないし69頁「2)ガス選択性の賦与」の項には、「ガス選択性を賦与するには、大別すれば3つの方法が考えられよう。・・・第3は、適当な第2成分、第3成分をセンサーに添加する方法である。増感剤として多用される貴金属などが、選択性に顕著な影響を与える例が最近いくつか報告されている。ZnO系センサーにおいて、白金添加がイソブタンやプロパン検出感度を増大し、パラジウム添加がH2、CO検出感度を増大させる・・・以上のように添加剤の種類を変えることによってガス選択性を賦与する試みは、今後の有力な方向の1つであるといえよう。」との記載もある。

すなわち、同刊行物には、ガスセンサーは1962年ころから研究開発が進められており、引用例はその先駆的な発明であること、しかしながら、この発明は、貴金属などの添加物を添加していないものであるため、可燃ガス等全般に感応し、例えばプロパンガスや水素、一酸化炭素等の特定のガスを選択的に検出できるものではなかったこと、その後、PtやPd等の貴金属を添加すると、特定のガス成分に対し選択性を有する物となることが研究され、さまざまな改良が加えられてきていることが示されている。

以上の技術常識を参酌すれば、引用例のn型半導体は「単体」であることが明らかである。

(2)取消事由2について

周知例1ないし3は、いずれも国内で頒布された刊行物であり、しかも、本願発明と同じ「におい」測定に係る技術分野に属するものであるから、におい濃度をセラミック上に形成されたSnO2、ZnO等の酸化物半導体或いは金属酸化物を用いて電気的に検出することが周知の技術である立証としては十分である。

また、前記1のとおり、引用例記載の発明の感応部はn型半導体の「単体」よりなる薄膜であり、しかもこのことから特定のガス成分のみを選択的に検出しうるものでないから、このガス検出装置が「においの選択性を有していない」においを検出できるものであることは当業者にとって自明のことであるとした審決の認定判断に誤りはない。

第4  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

第1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本願発明の要旨)及び同3(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。

第2  本願発明の概要

成立に争いのない甲第2号証(手続補正書)によれば、本願明細書には、本願発明の技術分野、技術的課題(目的)、構成、作用効果について、次のとおり記載されていることが認められる。

1  技術分野

「本発明は、におい濃度検出装置及びそれを使用したにおい濃度測定装置に関するものである。」(1頁下から3ないし2行)

2  技術的課題(目的)

「ヒータで高温に保持されたn形の金属酸化物半導体が可燃ガスに触れるとその電気抵抗が変化(減少)する性質を利用したガス検出装置は、特公昭45-38200号等で既に知られている。このガス検出装置に要求される主要な条件としては、〈1〉対象とするガスに対して大きな感度を持つ、いわゆるガス選択性を有すること、〈2〉対象とするガス以外の気体には感応しないこと、〈3〉長期に亙って安定して特性を維持できること、を挙げることができる。そして上記条件のうち〈1〉〈2〉を満たす為にSnO2又はZnOなどの半導体にPd或いはPt等の貴金属触媒を微量混合し選択性を高めると共に、応答速度を速めるようにしている。つまり、従来のガス検出装置はガス漏れ警報等といった人命にかかわるような或特定の気体(ガス)だけに感応するように、ノイズガスには感応しないようにすることが重要な課題とされている。」(2頁1ないし15行)

「生鮮食品の出荷時の鮮度評価や食品製造分野、特に発酵技術を用いるところでのにおい測定による発酵度の制御、更にはカツオブシ、ノリをはじめとする海草、コーヒー、酒類などにみられるように、におい濃度による等級決めを必要とする分野での品質検査等には、においを構成している各成分に対する測定はさほど必要がなく、そのトータル量を即時的に捕えることが要求されている。しかしながら、従来のガス検出装置は或特定のガスだけを選択して感応してしまい、ノイズガスには感応しない。このため従来のガス検出装置をにおい濃度の測定に使用した場合は、におい発生体から揮発するにおい成分(ガス)のうちの特定のにおい成分だけにしか感応せず、におい発生体から揮発するにおい成分の全量を即時的に捕えることができない課題があった。」(2頁18ないし27行)

「本発明者は、n形半導体に各種触媒を添加することなくその純度を上げると選択性を有さずに各種のにおい成分を構成するガスに感応することを見い出し本発明を完成するに至ったものである。」(2頁29行ないし3頁2行)

「本発明の目的は、においを構成している各成分のトータル量を即時的に捕え、におい濃度を幅広く感知できるようにすることにある。また、本発明の他の目的は、におい濃度の数値化を図ることである。」(3頁3ないし5行)

3  構成

これらの課題を解決し、発明の目的を達成するための構成は、特許請求の範囲記載のとおりである。

4  作用効果

「におい発生体から揮発するにおい成分の全量を即時的に捕え、しかも焦げ臭等のように比較的分子が大きい重質臭と、アルコール等のように比較的分子の小さな軽質臭も幅広く感知することができ、我々の生活圏での殆どのにおい成分の全量を即時的に捕えることができる。

また、におい濃度測定装置は、・・・におい濃度を数値化することができる。従って、鮮度、熟成度といったこれまでどちらかというと官能に依存していたところを、定量的に評価できる。特にリアルタイムでの測定ができるので生鮮食品一般について簡便な鮮度測定に適用でき、また食品製造工程での品質監視にも広く活用できる。」(7頁19ないし29行)

第3  審決の取消事由について

1  原告ら主張の審決の取消事由1について判断する。

(1)引用例には、同記載の発明におけるガス検出器の感応部をSnO2、ZnO等のn型半導体の薄膜で構成してもよいことが記載されているが、該n型半導体が単体であるか否かについて、これを明示する記載がないことは当事者間に争いがない。

(2)そこで、上記の点について検討すると、成立に争いのない乙第1号証によれば、乙第1号証刊行物には、次の記載があることが認められる。

ア 「半導体ガスセンサーの歴史は、清山や田口の先駆的研究以来20年を経過し、この間企業を中心に研究開発が進められてきた。その主要なものを表2.11に示す。ZnO、SnO2などのn型酸化物半導体が可燃ガスなどに良好な検出特性をもつということが見いだされた後、この分野の研究をさらに飛躍させる契機となったのは、PtやPdなどの貴金属が極めて有効な添加効果を示すというShaverやLohの研究であった。その後、多くの研究はn型酸化物に貴金属などの触媒を添加した素子について行なわれている。」(56頁18ないし23行)との記載

イ 「表2.11 半導体ガスセンサーの研究開発」(57頁)として、〈1〉1962年田口によりSnO2を材料に用いた可燃性ガスを検出対象とした半導体ガスセンサーが開発された旨の記載、〈2〉その後1967年になって、ShaverやLohにより、検出対象ガスをH2、N2H4、NH3、H2Sとして酸化物(W、Mo、Cr、Fe、Tiなど)に触媒(Pt、Ir、Rh、Pdなど)薄膜を加えたものや、検出対象ガスをH2、炭化水素としてIn2O3にPtを加えたものを材料とした半導体ガスセンサーが開発された旨の記載、〈3〉上記1967年のShaverやLoh以後の材料には、貴金属等の添加物が添加されている旨の記載が頻出するが、それより前の材料には、上記田口により開発された半導体ガスセンサーのものも含め、添加物の記載は全くないこと

ウ 上記田口により開発された半導体ガスセンサーとは、引用例記載の発明である旨(57頁及び70頁の参考文献3))の記載

以上の記載に徴すれば、引用例記載の発明を含む先駆的な研究の後、n型半導体に貴金属等の添加物を添加した材料につき多くの研究がなされ、その成果が、「表2.11」に集約されているところ、これら研究において、n型半導体に貴金属等の添加物を添加した材料については、「表2.11」の「材料」欄で、その旨明記されているものと認められる。そうすると、引用例記載の発明の材料であるSnO2には、添加物が添加されている旨の記載がないから、そのSnO2は添加物が添加されていないもの、すなわち単体というべきである。

また、引用例記載の発明は、PtやPdなどの貴金属が極めて有効な添加効果を示すという研究により半導体ガスセンサーに貴金属等の添加物を添加したものが材料として研究されるようになる以前のものであるから、引用例記載の発明の材料であるSnO2は、添加物が添加されていないものと考えるのが自然であり、上記SnO2が単体であることは、この点からも裏付けられるものである。

なお、成立に争いにない甲第5、第6号証によれば、周知例1及び甲第6号証刊行物には、臭気測定装置ないしガスセンサーの半導体に触媒を添加する旨の記載があることが認められるが、これらはいずれも昭和42年(1967年)以後の刊行物であるから、上記記載は上記認定に反するものではない。

(3)もっとも、原告らは、引用例記載の発明は、ガス検出装置であるからガス選択性を有しているが、ガス選択性を得るために、従来のガス検出装置はSnO2又はZnOなどの半導体にPd或いはPt等の貴金属触媒を微量混合しているから、引用例記載の発明で用いるn型半導体も貴金属が微量混合されたものであると主張する。

検討するに、成立に争いのない甲第4号証によれば、引用例には次の記載があることが認められる。

ア 「対象ガスが、CH4、C2H6、C3H8、C4H10、等の様な有機ガスの場合は、成可く高温度(例えば、C3H8;500°K以上)にする方が、抵抗変化率が大きい。即ち、高感度である。逆にH2、CO等の無機ガス及び、それを多く含んでいる都市ガス、並に煙の警報に関しては素子温度が低い方が高感度である。従って、無機ガスと煙の場合は、290°Kの温度補償即ち、常温でも使用できる。然し、抵抗変化率よりも警報速度の方が重要である場合、及び、大気中の湿度の影響を避けたいときは420°K以上に補償を行う方がよい。この様に補償温度は使用目的と対象ガスに応じて適宜選択出来るものである。」(3欄36行ないし4欄3行)

イ 「本発明の警報器は、有機、無機のあらゆる可燃性ガスに対してのみならず、紙、綿、布、木材その他の燃焼時に発生する煙に対して鋭敏に反応する為、火災を極めて早期の燻焼の段階で報知する能力も兼ね備えている。従って、煙に依る火災報知器として使用出来る。亦、化学プラントに於ける配管から漏れるアルコール蒸気に反応してパイプの亀裂を警報する装置として使用出来る等の広い応用能力を有し、雰囲気の温度変化に影響される事が少なく、実用効果極めて大なるものである。」(4欄30ないし40行)

以上の記載によれば、引用例記載の発明のn型半導体は、検出対象ガス及び検出目的に応じ、所要の温度補償がなされることにより、有機・無機の可燃性ガス、各種燃焼物の煙、アルコールの蒸気等、各種ガスを個別に、高感度で検出することができるというのであるから、引用例例示の各種ガスに限らず、還元性ガス全般を検出できるものと認められる。

したがって、引用例記載の発明のn型半導体は、基本的特性において、ガス選択性を有さないものといえる。

原告らは、引用例記載の発明は、ガス選択性を有することを根拠として、引用例記載の発明のn型半導体に貴金属が添加されていると主張するが、原告ら主張に係るガス選択性は、引用例記載の発明においては、n型半導体に対する温度補償(検出対象ガス及び検出目的に応じた使用態様)によって得ているものであり、n型半導体自体はガス選択性を有していないと認められるから、これがあることを前提とする原告らの主張は理由がない。

(4)以上のとおり、引用例記載の発明のn型半導体は単体であるから、この点で本願第1発明のn型半導体と一致するとした審決の認定に誤りはない。

2  原告ら主張の取消事由2について判断する。

(1)周知例2に、におい濃度をセラミック上に形成されたSnO2、ZnO等の酸化物半導体或いは金属酸化物を用いて電気的に検出ずることが記載されていることは当事者間に争いがない。そして、成立に争いのない甲第8号証によれば、周知例2は、株式会社ビジネスセンター社発行の食品機械装置に係る月刊技術情報誌「食品機械装置」の昭和60年12月号であるところ、上記「食品機械装置」は、昭和39年9月30日に第3種郵便物に認可され、周知例2が通巻256号であることが認められ、以上の事実によれば、上記「食品機械装置」は、本出願前、食品機械業界において、広く知られ、かつ、広く行き渡っている月刊技術情報誌であったと認められる。そうすると、周知例2記載の事項は、周知例2の発行をもって、食品機械業界において、周知の技術となったと解するのが相当である。

もっとも、原告らは、周知例2の執筆者が原告江原勝夫であるから、周知例2記載の事項は周知ではないと主張するようであるが、執筆者が誰であるかにかかわらず、周知例2に記載されて刊行されれば周知の技術となるのであるから、原告らの主張は失当である。

(2)また、前掲甲第5号証によれば、周知例1には、「臭気濃度に感応しそれに応じて電気抵抗が変化する臭気検知素子と上記電気抵抗の変化に基いて生成する電圧の変化をデジタル量に変換する手段と、該手段によって得られたデジタル量を計数しこれを表示する手段を具備した臭気測定装置」(1頁左下欄4ないし8行)、「セラミックパイプ全体に感応体(14)としてSnO2、ZnO、Fe2O3、In2O3その他の酸化物半導体にパラジューム黒のような触媒を微量添加したペースト状のものを被覆して焼成したものを用いているがその他臭気の種類や測定条件に応じ他の検知素子等も適宜選択して使用される。」(2頁左下欄8ないし13行)、「例えばある工場から発生する臭気が問題となったような場合、・・・次にその工場の境界線附近での臭気濃度を測定すれば、どの程度の悪臭が発生しているのかすぐ分る。」(3頁右下欄19行ないし4頁左上欄4行)との記載があることが認められ、以上の記載に徴すれば、上記「臭気測定装置」は、臭気濃度を検知素子を用い、電気的に検出するものであるところ、当該装置が検知対象とする臭気は、特定臭気に限らず、工場等が発する特定困難な包括的臭気でもよいこと及び当該装置が使用する検知素子は、セラミック上に形成して使用するが、臭気の種類や測定条件に応じ適宜選択し得るものであることが認められる。

したがって、周知例1には、「におい濃度をセラミック上に形成されたSnO2、ZnO等の酸化物半導体あるいは金属酸化物を用いて電気的に検出する」ことが記載されているというべきである。

そして、周知例1は、本出願の約7年前に発行されたものであるところ、周知例1記載の発明の「臭気測定装置」が、近年、生活環境の汚染防止の観点から注目される測定技術に係るものであることを考慮すれば、周知例1記載の事項は、本出願までの約7年の間に、当該技術分野において広く知られるところとなり、周知の技術となるに至っていたと認められる。

(3)以上のとおり、「におい濃度をセラミック上に形成されたSnO2、ZnO等の酸化物半導体あるいは金属酸化物を用いて電気的に検出する」ことは周知の技術であるから、この点に関する審決の認定判断に誤りはない。

(4)また、原告らは、相違点の判断において、審決は、引用例記載の発明のn型半導体が単体であることを前提として、引用例記載の発明においても、還元性の気体であればにおいの選択性にかかわらず検出できることになるはずであり、「においの選択性を有していない」においを検出できるものであることは当業者にとって自明のことと判断しているが、その前提において誤りがある旨主張する。

しかし、引用例記載の発明のn型半導体が単体であること、該n型半導体自体はガス選択性を有していないものと認められることは、前記1において認定判断したとおりであるから、この点に関する審決の認定判断に誤りはない。

第4  よって、審決には原告ら主張の違法はなく、その取消しを求める原告らの本訴請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、65条適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結の日・平成10年2月10日)

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 持本健司 裁判官 山田知司)

別紙図面

〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例